生徒をそばで支える、
“戦友のような存在”になりたい
文化交流学科 4年
堀内 心さん
茨城県立 日立北高等学校 出身
#日本語教育 #海外教育実習 #インドネシア
卒業後は、日本語学校で日本語教師としてキャリアをスタートされる堀内さん。
日本語教師になろうと思ったきっかけや、海外での教育実習のエピソードなどを語ってもらいました。
日本語教師になろうと思ったきっかけを教えてください。
高校生のときにインターネットを通じて、アニメや漫画の共通の趣味で知り合った海外の方から、「日本語を教えてほしい」と頼まれたことが始まりでした。
日本語はいつも話している言語なので簡単に教えられると思っていましたが、いざ教えようとするとうまく説明ができなかったんです。例えば、「『学校へ行きます』と『学校に行きます』は何が違うの?」といった疑問。
子どものときから話している言語を完全に理解できていなかったこと、せっかく日本に興味を持ってくれたのに教えられなかった悔しさから、日本語教育の分野に興味を持ち始めました。
茨城キリスト教大学を選んだ理由は何ですか?
将来の進路を考えていくなかで、国語の先生ではない、外国人に日本語を教える「日本語教育」という分野があることを知りました。
茨城県内で日本語学や言語学を学べる大学はいくつかありましたが、「日本語教育を学べる」と明確に示す大学は数少なく、茨城キリスト教大学に興味を持ち始めました。
実際にオープンキャンパスに参加して、模擬授業を受けたとき、
中山 健一先生の“研究者としての熱意”に触れて、
「この温度感で教えてくれる先生がいるなら、ここで学びたい!」と強く思いました。
入学後の本学の印象はどうですか?
一番驚いたのは、先生との距離が本当に近いことです。
文化交流学科の先生方は気さくで、 廊下ですれ違うと「おつかれさま〜!」と声をかけてくれるほど。
暇さえあれば先生の研究室に行き、学びのことはもちろん、ときには大学とは関係のない悩みまで相談させてもらいました。
先生方がいつも気にかけてくれて親身になって話を聞いてくださる環境があることが茨城キリスト教大学の魅力だと思います。
印象に残っている授業を教えてください。
「言語学」の授業です。
「文字を持たない言語はあっても、対面でコミュニケーションするときの発音や動きのない言語はない」
といった、ことばの深い仕組みを知ることできます。
日本語を軸に、ほかの言語と比較しながら学ぶことで理解が深まり、「ことば」そのものへの興味がどんどん大きくなりました。
高校までは「国語」や「英語」といった言語を学びますが、そもそも言語の成り立ちなどを学ぶ機会は少ないと思うので、この授業をきっかけに「ことば」に興味を持つ人が多いのでは!と感じています。
実際に外国人に日本語を教える場面はありましたか?
勝山 紘子先生に誘われ、大学2年生のとき外国人に日本語を教える地域のボランティアに参加していました。ほかにも学内で週に1回、留学生に日本語を教えるレッスンをしています。
地域のボランティアは、仕事や結婚を機に来日した外国人に日本語を教えるというものでした。「子どもが学校から配布されるお便りが読めるようになりたい」など、日本に来た目的が日本語の勉強ではない外国人には、単にテキストで教えるよりもリアルな会話を通して日本語を教える工夫を重ねました。
一人ひとりが求めるニーズに合わせて教え方を変えることが重要であることを身をもって感じた経験でした。
海外で教育実習も経験されたとお聞きしました。
日本語教育に携わるうえで、先生から自分自身も海外へ行って言葉が通じない経験をした方が良いというアドバイスをいただき、インドネシアにあるリアウ大学で5日間教育実習をしました。
最初の数日は現場の見学や、テストの丸付けのお手伝い、会話練習のサポートをおこない、最終日には一人で授業を担当しました。会話中心の授業で、問いかけるとすぐに手を挙げて答えてくれた様子を見ていて、とても熱心な印象を受けました。
馴染みのない食べ物に戸惑ってしまったり、文化も全く異なる場所で心細さを感じたこともありましたが、現地の方が食べ方やインドネシアの文化などを優しく教えてくれ、リアウ大学の先生や学生たちもとても温かく接してくれました。
景色の美しさだけではなく、現地の方との出会いこそが、その土地の魅力を映し出すものなのだと実感しました。
実は、リアウ大学で出会った学生が帰国前に「またみんなに会いに日本へ行くよ」と約束してくれました。
そして翌年、その学生は茨城キリスト教大学へ交換留学に来てくれたんです。
自分たちとの出会いが人の心を動かしたきっかけになったと思うと、とても感慨深い気持ちになります。
とても感動的なエピソードに鳥肌が立ちました...
4年間の学びを通して成長したと感じることは何ですか?
地域ボランティアで日本語を教える経験や留学生への日本語のレッスン、インドネシアのリアウ大学での教育実習を通して、「自分の価値観だけで物事を判断しない」ようになりました。
たとえば、インドネシアではイスラム教の方が多く、左手で手や肩に触れるのは失礼にあたることや、祈りの時間を大切にする習慣など、日本にいるだけでは分からない価値観に触れることが多くありました。
そのような経験を通して、「自分にとって当たり前でも、誰かにとっては当たり前ではない」ということに気づき、他者の背景を想像して行動する大切さを学びました。
自身がどう思うか、感じるかだけでなく、ほかの文化を持つ人々はどう思うのか考えられるようになったと思います。
卒業後はどんな日本語教師になりたいですか?
“先生”というより、生徒のそばで支える、“戦友のような存在”になりたいです。
留学で自分が感じた、「言葉が通じない不安」や「頼れる存在のありがたさ」を、今度は自分が生徒に届け、「日本に来てよかった」、「日本語を学んでよかった」と思ってもらえるような日本語教師になりたいです。


