茨城キリスト教大学

第1回研究会「外国にルーツのある子どもの成育環境と健康被害に関する実践研究」

講演者について

岩間 信之教授(文学部長)

専門は、都市地理学で、食の砂漠(フードデザート問題)研究、全国版の食用品のアクセスマップの作成研究の傍ら、社会課題を可視化するための研究を行っており、今回のテーマ要素である「外国にルーツのある子どもたち」の研究や、いろいろな外国文化に関するものを子どもたちに提供するような活動もなされています。

2024年度より本学文学部長として活躍中。

都市地理学の観点から

岩間教授は現在、外国にルーツのある子どもに関する研究に着手されています。しかし、自身の専門は都市地理学であり、長年フードデザート(食の砂漠)問題を調べてきました。そこでまず、地理学の研究とは何かについて、フードデザート問題を例に説明してくれました。
フードデザートとは、大都市の一部地域や地方都市、過疎山村などにおける、住民の食生活悪化に関する社会問題である。食生活が偏り低栄養状態にある高齢者は、全体の16.8%に達する。こうした高齢者の居住地は、特定のエリアに集中する傾向にある。このことは、何らかの地理的要因(生活環境要因)の悪化が、高齢者の食生活に影響を及ぼしていることを示唆する。食生活と健康は、栄養学や医学に属する研究課題である。しかし、この問題を居住地という視点から見た場合、高齢者の食生活や健康を人文社会科学の文脈から語ることが可能となる。フードデザートを地図化(可視化)し、その発生要因を定量的に解析することで、問題解決の糸口が見えてくる。
外国にルーツのある子どもに関する研究は、おもに教育学や日本語学、日本語教育で議論されてきました。そのため、地理学的なテーマでではないと思われる方もいるかもしれません。岩間教授は、自身の子どもが「外国にルーツのある子ども」であり、その経験を踏まえてこの研究を始めたとのことです。
茨城キリスト教大学は、茨城県日立市という外国人が相対的に少ない地域(外国人散在地域)に位置します。そのため、外国にルーツのある子どもの問題は起こっていないと思われがちです。しかし、散在地域ならではの問題も多いのです。また、あまり知られていませんが、全国の在留外国人の多くは散在地域で暮らしています。加えて、散在地域での外国人住民の増加も顕著です。こうしたことを踏まえ、岩間教授は、「日立市が抱える問題は、全国の多くの都市で共通する社会課題である」ことを提起されました。

会場の様子

日本語教育・子育て支援の素人であるからの気づき

・子育ての中で、日本(特に地方)が外国にルーツのある子どもたちにとって厳しい環境であることを実感した。
・外国人散在地域では、外国ルーツの子どもの存在が地域社会では十分には認知されていない。
・外国ルーツの家族は社会から孤立しやすい。
・外国人集住地区に暮らす外国人は、全体の4.5%程度(むしろマイノリティ)。
➡ これらは全国的な課題

岩間教授コメント
私の専門は都市地理学であり、日本語教育や子育て支援については素人である。ではなぜ私が外国にルーツなる子どもに関する研究を始めたかというと、私自身が外国ルーツの子を持つ親だからである。私たち夫婦は、外国人散在地域である茨城県北部で子育てをしている。私は生粋の日本人であり、中国籍の妻も日本語を流暢に話す。そのため、子育てに支障を感じたことはない。しかし、娘の友だちを見ていると、外国人が日本で子育てをする難しさを実感する。では、どうすればこうした子どもたちの生育環境が改善されるのだろうか。これが、私の研究の出発点である。私は地理学者なので、地域に注目する癖がある。そこで浮かび上がってきたのが、外国人集住地域と散在地域における、子育て環境(いわゆる子どもの生育環境)の地域差である。
なお、在留外国人が多様である点に、注意が必要である。ホスト社会に根を張り活躍している、いわゆる社会的統合の度合いが高い外国人住民も、多数存在する。こうした人は、日本語が堪能であることに加え、社会・経済面や生活能力面でも高いスキルを有している。いわゆる高度外国人材と呼ばれる人々が、この典型例である。一方、統合の度合いが低く、ホスト社会から孤立した人々も多い。その多くは言語面や社会・経済面で不利な状況下に置かれている。技能実習生の多くは、ここに該当するだろう。本研究は、おもに後者に着目している。

外国にルーツのある子どもたちを取り巻く環境について

日本語指導が必要な児童生徒数は2008年33,470人から2020年時点で58,307人と、14年間で1.74倍に増加。
この増加ペースに学校が対応しきれない現状。<
なお、外国籍の児童にとって就学は義務ではなく、入学案内を発給し希望があれば対応している状況。
(参考:文部科学省「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(令和3年度)」より)

ドロップアウトする子どもたち
⇒外国にルーツのある子どもたちにおける、高校中退率や非正規就職率の高さ。
(参考:是川夕2018.移民に世代の教育達成に見る階層的地位の世代間変動.人口学研究54:19-42.、朝日新聞2018年9月30日など)

岩間教授コメント
外国にルーツのある子どもが抱える問題として、1)言語習得の壁からくる教科学習の遅れとホスト社会からドロップアウト、および2)健康被害などの拡大が注目されている。
前者は、教育学をはじめ多くの学問分野で研究蓄積が進んでいる。明確なエビデンス(統計データ)こそ無いものの、ホスト社会からドロップアウトした子どもの数は年々増加していると推測される。社会の分極化を招きかねない、深刻な社会問題である。


母語教育の欠如とダブル・リミテッド問題
⇒ 日本語・母語ともに不十分な子どもたちの増加
(参考:田巻松雄2014.『地域のグローバル化にどのように向き合うか—外国人児童生徒教育問題を中心に—』下野新聞社など)
⇒ 学習言語としての日本語を習得する上での母語教育の重要性
(参考:野元弘幸2006.外国人の子どもたちの排除の構造と対抗的教育実践の原理. 日本社会教育学会編『社会的排除と社会教育』など)


岩間教授コメント
言語習得の壁に付随して指摘されるのが、母語教育の欠如とダブル・リミテッドである。長時間就労に従事している外国人家庭の場合、親が家を空けている時間が長く、子育ての時間を十分に確保できない。そのため、子どもたちは両親の母語や母国の文化と接する機会が少なくなる。また、日本人の子どもに比べて日本語に触れる頻度も少ないため、日本語の習得も困難である。こうした生育環境下で子どもが育つと、日常会話こそ習得しているものの、学習言語としての日本語や母語を習得できてない、いわゆるダブル・リミテッドに陥るリスクが高まる。ダブル・リミテッドになると、ホスト社会からドロップアウトする可能性がさらに高くなる。

健康被害、発達障害の可能性
⇒ 外国にルーツのある子どもたちにおける、健康被害(肥満、痩せ、虫歯など)や発達障害の拡大
(参考:田代ほか2005. 2003年度長野県外国人検診受診者の健康状態と生活習慣. 長野県看護大学紀要7 : 41-50.、黒葛原ほか2011.外国人ADHD児の学習行動に関する分析.障害者教育・福祉学研究7:59-73.など)


岩間教授コメント
もう一つの問題が、健康被害の拡大である。これについても、複数の学術論文で報告されている。
肥満や虫歯、海外の事例(アメリカ)
→アメリカの研究によると、周辺に同胞が多い環境下で出産をするが外国人女性と、周囲に同胞がいない環境下で出産する女性では、子どもが低体重症になるリスクが大きく異なるという。当然、後者の方が低体重症のリスクが高い。親の生活環境が子どもの健康状態に影響する、一例である。
類似した研究は、日本でも報告されている。外国にルーツのある子どもは、日本人世帯の子どもたちよりも、肥満等の健康被害や発達障害のリスクが全体的に高いという。ただし、実証的な研究が少ないため、国籍と健康被害の因果関係は不明である。

就学前期における成育環境の重要性

[健康]幼児期における家庭での生活習慣(食事、睡眠など)の重要性
(参考:中堀ほか2016. 子どもの食行動・生活習慣・健康と家庭環境との関連.日本公衆衛生雑誌63(4):190-201.より)

[学習]学習言語を習得する上での,幼児期の家庭教育(日本語や母語での日常会話、本の読み聞かせ、母国文化の教育など)の重要性
(参考:ジェームズ・J・ヘックマン著・古草 秀子訳2015『幼児教育の経済学』東洋経済新報社.など)

[健康]幼児期における家庭での生活習慣(食事,睡眠など)の重要性
(参考:中堀ほか2016. 子どもの食行動・生活習慣・健康と家庭環境との関連.日本公衆衛生雑誌63(4):190-201.より)

親が長時間労働に従事する外国人世帯では,成育環境の保持が困難
(参考:かながわ国際交流財団2016.『外国人住民の子育て支援に関わる調査報告書』かながわ国際交流財団.など)

成育環境(ここでは家庭での教育や家族とのふれあい、食生活、生活習慣など)が重要となる。

行政や地域住民、同胞による生活支援が不可欠。
生活支援には地域格差(散在地域は支援が希薄?)
 
岩間教授コメント
外国にルーツのある子どもたちの語学力(≒学力)や健康状態は、子どもたちの生育環境と高い相関があると考えられる。なかでも、就学前期における生育環境(生活リズムや食事の内容、睡眠時間、親による絵本の読み聞かせなど)が重要であることが、幼児教育分野の研究から明らかになっている。
長時間労働に従事する外国人世帯では、子どもの成育環境を充実させることは難しい。この場合、行政や地域社会、地域住民、同胞、仲間たちによる生活支援が重要となってくる。外国人集住地域では、同胞向けの0歳児保育や学童などのエスニックビジネスが発達しており、子育て環境が一定程度整っている。また、外国人住民が多ければ、地元自治体も、外国人住民の支援策を打ち出しやすい。

しかし、散在地域では、こうした支援を期待しにくい。そのため、外国人集住地域以上に、外国人散在地域では子育てが難しいことが予想される。

現在、日本政府や各地の地方自治体が、外国にルーツのある子どもたちの支援に着手している。その大半は外国人集住地域である。
散在地域は集住地域とは異なる深刻な問題をたくさん抱えている。しかし、こうした問題にどう対応していくかという議論が欠けている。

外国人散在地域の課題

外国人集住地域では,多文化共生に関する多様な活動や生活支援が展開されている。

一方、外国人散在地域は,総数としての居住人口は多いが(在留外国人全体の94.5%は非集住地域に居住)、社会的な注目度は低く,実態は不明瞭(流動性も高い)。

市役所の担当部局や学校の現場の先生方は、少ないリソースの中で子どもたちの支援に尽力。しかし、構造的に限界がある。


岩間教授コメント
散在地域の日本人の子どもたちが、多文化共生・協働のチャンスを得にくいという点も、気になるところである。外国語が飛び交う環境にいれば、子どもたちは複数の言語を習得しやすくなるし、多文化理解も進む。しかし、たとえば幼稚園に外国ルーツの子どもが僅か居ない場合、そこに通う日本の子どもたちは、外国の友だちの言葉や文化を学ぼうとは思わないだろう。外国ルーツの子どもがいない幼稚園の子どもは、なおさらである。こうした子どもの多くは、大学に入ってから第二外国語として中国語などのアジアの言語を習うことになる。しかし、それでは残念ながら遅すぎる。
私の娘は、日本語がほとんどしゃべれない状態で、2歳の時に北京から日本に帰ってきた。周囲には、中国をはじめとした外国にルーツのある子どもは、ほとんど居なかった。しかし、日本語が飛び交う環境下で、彼女はあっという間に日本語や日本文化を習得した。いまでは中国語に加えて日本語を流暢に話し、日本人の子どもたちとも仲良く遊んでいる。しかし、娘の日本人の子どもたちは、彼女から中国語や中国文化を学ぼうとはしない。大人になってからこのことを後悔しても遅いだろう。とても残念である。

X県における在留外国人の概要

茨城県は全国でも在留外国人が相対的に多いエリア(10位)。
県西・県南地域を中心に、製造業や農業に従事する東南アジア(とくにベトナムとフィリピン)出身の外国人労働者が卓越。技能実習生も多い。

出典:岩間ほか(2023)
​(令和2年国勢調査および令和2年12月在留外国人統計により作成)

岩間教授コメント
東京の都心部や茨城県では、つくば市の方とか、そのような都市に外国人が多いということが地図からわかるかと思われる。

岩間教授コメント
この表は、県内を便宜上第Ⅰ~Ⅳ地域に分けて表記してある。第Ⅰ、第Ⅱ地域は在留外国人が多いエリアである。国籍はさまざまである。また、高度外国人材が多い地域もあれば、例えば技能実習生のような人たちが多い地域もある。Ⅴ地域は外国人散在地域であり、外国人の割合が少ない。A市はここに立地する。
なお、Ⅰ地域・Ⅱ地域は、強固なエスニックコミュニティが存在する市町村が多い。それに対してⅤ地域は総じてエスニックコミュニティが弱い。

地域格差の一例(多言語対応)

外国人への初期対応で重要なのが「多言語対応」「日本語支援」
X県北部地域は、在留外国人への対応が遅れている。
英語を含め、多言語に対応した職員がいない自治体が多い。



岩間教授コメント
ホスト国に来たばかりの外国人にとって重要なのは、地域社会での多言語対応と、学校等での言語教育である。まず、多言語対応には地域差が存在する。市町村のホームページを見ると、すべての市町村が、レベルこそ異なるものの、英語、中国語、韓国語に対応している。加えて、第Ⅰ地域・第Ⅱ地域では、全体の80.0%以上がベトナム語やインドネシア語、フィリピノ語などにも対応をしている。一方、第Ⅴ地域では多言語対応している自治体は16.7%にとどまる。こうした市町村では、日本語が話せない住民が役場に行っても、コミュニケーションが取りにくいだろう。同様のことは、病院などでも該当する。

地域格差の一例(日本語教育)

X県北部地域は、外国にルーツのある子どもが散在していることもあり、日本語支援を必要とするの子どもへのサポートが手薄である


岩間教授コメント
日本語教育にも格差が見られる。日本では、18人以上の要日本語支援の子どもがいる学校に対して、子どもの数に比例した加配教員が配置される。茨城県は支援が手厚く、18名未満の学校にも加配教員が配置されている。しかし、教員の加配には限度がある。要日本語支援児童生徒が少ない地域では、加配教員の配置は難しい。第Ⅱ地域には外国にルーツのある子どもが1,475人在籍しており、そのうち日本語支援が必要な子は823人におよぶ。ここには加配教員35人が配置されている。要日本語支援の子どものうち74.6%が、学校で日本語の支援を受けている計算になる。一方、第Ⅴ地域では、要日本語支援の子ども18人に対して、加配教員1人である。27.8%の子どもにしか、日本語支援の手が届いていない。

地域格差の一例(同胞などからの支援)

在日外国人を支援するNPO組織
茨城NPOセンター・コモンズ グローバルセンター
・Ⅱ地域に立地(おもに県南,県西地域でサービスを展開)
・県の委託事業として、通訳・翻訳事業や日本語指導のアドバイザー派遣、電話・メール相談などを展開。
・外国にルーツのある子どもたち向けの保育事業や学童教室なども開催。 ・メンターとなる外国由来の職員・教師の存在

岩間教授コメント
同胞によるピアサポートにも地域差がある。例えば第Ⅱ地域には、外国人住民をサポートするNPO法人が存在しており、子育て経験を有する先輩外国人などが、子育て中の家族に様々な生活支援を展開している。こうした地域では、外国籍の母親たちは(父親たちも)、安心して子育てができるだろう。しかし、こうした組織が存在しない第Ⅴ地域では、子育てはより厳しいものとなっている。

3歳児健診データを基にした、子どもの健康と成育環境の関係


出典:岩間ほか(2023)
岩間教授コメント
私は、3歳児健診データの個票をもちいて、外国にルーツのある子どもの生育環境と健康状態の関係を分析した。調査をするにあたって、倫理審査委員会から承認を受けている。調査対象は、A市に住むすべての3歳児(合計1,055名)である。このうち外国にルーツのある子どもは1.2%であった。なお、これは2017年時点のデータである。現在は外国にルーツのある子どもの数は増えている。健診データには、子どもの健康状態や発達状況に加えて、生育環境に関する指標も多数記載されている。具体的には、育児の社会的資源(家族構成、配偶者や家族からの子育て支援、社会からの子育て支援)、子育ての様態(生活習慣、食習慣、スマホ視聴時間、母親の心理状態、予防接種の実施状況)などである。子どもの健康状態や生育環境は医者や保健師が対面で検査しているため、データの信用度度は高い。
健診データには、社会的統合に関する記載はない。そこで、親の就業形態を基に、外国人世帯を、統合の度合いが高い世帯(世帯主が正規雇用、あるいは経営者)と低い世帯(非正規雇用または無職)に分けた。健康状態を示す指標には、「う蝕あり(虫歯あり)」を取用いた。3歳児のう蝕は、子育ての様態と直結する。また、子どものう蝕は全体的には年々減少する一方で、低所得世帯では増加していることが知られている。
分析の結果、日本人世帯と低い外国人世帯の間で、子どもの健康状態や発達状態に大きな差が認められた。なかでも統合度が低い世帯において、格差が顕著であった。う蝕の割合は全体では14.4%であるが、社会的統合度が低い外国人世帯の子どもでは、同値が60%に跳ね上がった。予防接種を満足に受けていない子どもや、毎日スマホで2時間以上遊んでいる子どもの割合も総じて高かった。言語発達の遅れも相対的に高かった。

「う蝕あり」を被説明変数としたロジスティック回帰分析

う蝕ありを被説明変数にしまして、ロジスティック回帰分析というのをやり、何が独立変数として影響しているのか。 虫歯という現象に対し、何がどのような影響をしているのかということを分析をしました。
出典:岩間ほか(2023)
岩間教授コメント
次に、子どもの健康と生育環境の関係を調べるため、生育環境に関する各種変数を説明変数、「う蝕あり」を被説明変数としたロジスティック回帰分析を実施した。詳細は割愛する。

「育児における社会的資源の不足」→「育児様態の悪化」→「健康被害」

外国人散在地域では、同胞や行政からの支援が少ないため、育児担当者(主に母親)は集住地域よりも、孤立(育児の社会的支援不足)するリスクが高まる。
その結果,乳幼児の健康被害が拡大。
う蝕以外にも、一般的な健康被害(慢性的な疾患、その他)や発達の遅れを引き起こしている可能性も高い。

出典:岩間ほか(2023)
岩間教授コメント
回帰分析の結果、「育児における社会的資源」が不足すると「育児様態」の悪化をもたらし、これが「健康被害」につながるというフローが確認された。社会統の度合いが低い外国人世帯は、父親が長時間労働に従事して家を空けているケースが多い。また母子家庭も目立つ。その結果、家族からの子育て支援が不足する。加えて、外国人散在地域では、地域社会から孤立している家族も散見される。そのため、社会による子育て支援も不足しがちとなる。こうしたことが育児様態の悪化を誘引し、健康被害をさらに拡大させていると考えられる。
現時点では外国人集住地域での研究がないため,比較はできない。しかし、地域社会からの孤立というファクターが加わる分、外国人集住地域よりも外国人散在地域の方が、外国ルーツの子どもたちの間で健康被害が広がっている可能性がある。

出典

岩間信之ほか 2023.外国にルーツのある子どもたちの成育環境と健康被害に関する地理的研究​
 —外国人散在地域での事例研究—.E-journal GEO18(1):170-185.

本学での取り組み

「ICwithUプロジェクト」

IC with Uプロジェクトは、茨城県北部地域に暮らす外国にルーツのある子どもたちへの学習支援を軸に、
①人材育成(講座の設置)
②地域貢献(日本語学習支援)
③地域交流(地域への理解・浸透:異文化理解の素地づくり)

の視点から、全学的な支援活動を展開する———。

岩間教授コメント
散在地域は、どうしても外国にルーツのある子どもたちに対する支援が手薄になる。これは、学校現場の先生方や行政の担当者だけで手に負える問題ではない。地域全体で支援を行う必要がある。そこで本学では、IC with Uという、外国にルーツのある子どもを支援するプロジェクトを全学レベルで展開している。
このプロジェクトは、「本学生の人材育成」、「学習支援」、「地域への理解・浸透」という3つの柱から構成される。


➀人材育成「多文化協働クリエイター」

外国由来の子どもたちを支え,多文化協働社会を創出する人材を育成するための,独自の科目群の選定と資格認定
→ 学部・学科の授業を確認し,自分のプロジェクトの文脈に再編集する。



岩間教授コメント
柱の1つ目は人材の育成である。大学生たちは、近い将来、学校の教員や行政担当者、病院関係者など様々な立場から外国にルーツのある子どもたちに接するであろう、大切な人材である。まさに、多文化協働社会を創造するクリエイターたちである。こうした学生たちが多文化協働の現状や課題を学び、体験し、そして将来の地域像を考える機会を作るべく、一連の科目群を取り揃えていた。全学部学科の学生が、こうした科目を受講可能である。科目修了者には認定証を贈呈している。

②地域貢献「外国にルーツのある子どもたちに対する日本語学習支援活動」

外国にルーツのある子どもたちに対して、日本語学習支援を軸とした活動を展開する。
「外国人教育支援演習(外国にルーツのある地元の子どもたちへの学習支援)」
 →澤田先生のプロジェクトを参考
「アンネローゼ子育て広場(多様な就学前児童を抱える家族に対する支援と教育)」


岩間教授コメント
2つ目は、日本語学習支援である。活動の一例が、「外国人教育支援演習」という授業である。これは多文化協働クリエイター講座の一つに該当する。具体的には、日本語教師や小中学校教諭を目指す大学生たちが、本学の交換留学生たちとチームを組み、近隣に住む外国にルーツのある子どもたちに対して、日本語学習支援や教科学習支援を行う。2019年以降、多様な社会背景を有する子どもたちを大勢支援してきた。大学生たちは、支援対象の子どもたちと仲良くなるなかで、子どもたちが直面している問題(日本社会からの排除や外国人住民をめぐる制度の矛盾、貧困問題、ネグレクトなど)も学んでいる。
外国人教育支援演習の一例
1.上級コース(ICH帰国子女)

・日本語(文法&読み書き)の徹底。
2.中級コース(地元の児童生徒)
・日本語の基礎&宿題指導
3.初級コース(高校の外国人留学生)
・日本語の基礎&国際交流
4.筑波大学のオンライン支援
・7月にオンライン講座(日本語支援のノウハウを学ぶ)
・10月よりオンラインで支援開始
・全県の中学生160名を対象
・指導対象は高校生。
・チームプレーが重要。2人で1チーム。実習・チーム・ミーティングは交代で参加。2人が行き詰ったときには先輩がサポート。


③地域交流「多文化協働を柱とした地域交流イベント」

地域住民(子どもたちと親世代)に対する多文化理解の重要性の啓蒙
→ 保守的な地域では,西欧以外の外国人を軽んじる悪い傾向が残っている。
→ 子どもたちを学内に呼ぶための手続きが大変。
→ イベント自体は好評



岩間教授コメント
3つ目は、地域への理解・浸透である。具体的には、交換留学生とともに小学校を訪問して、地元の子どもたちに多文化紹介をしている。県北地域の子どもたちは、相対的に外国人住民が少ないためか、異文化に対する理解度が総じて低いと感じる。アジアの国々に対する偏見も散見される。しかし、留学生たちと実際に交流すると、子どもたちはアジアからの留学生に懐き、目を輝かせて異文化の話に聞き入ってくれる。
地元の小学生たちに「みんな外国語を勉強している?」と聞いたことがある。子どもたちは胸を張り、元気に「英語を勉強しています!」と答えた。次に、「いま、日本に住むベトナム人が増えているのは知っているよね。じゃあ、ベトナム語を勉強している人はいるかな?」と質問すると、「ベトナム語なんて勉強する人いないよ」という答えが返ってきた。そこで、同国の経済成長を説明したうえで、「みんなが大人になる頃、みんなの一番のビジネスパートナーになっているのはアジアの国々だよ。」「周りにいるアジアの友だちから、彼ら・彼女らの国の文化や言葉を習ってごらんよ。絶対将来役に立つよ」という話をしてみた。子どもたちは驚いた様子であったが、ベトナムをはじめとしたアジア諸国に対する興味・関心を増したようであった。
こうした機会が少しでも増えれば、外国人散在地域でも、子どもたちの異文化理解は進むだろう。まさに素地づくりである。また、異文化理解を通して、外国にルーツのある子どもたちのことを、これまで以上に受け入れてくれる様になると期待している。


シンポジウムの紹介


岩間教授コメント
2023年には、本学が主催となり、茨城大学・筑波大学・常磐大学共催で「外国にルーツのある子どもたちと共に生きよう」と題したシンポジウムを開催した。このシンポジウムでは、茨城県北部地域における外国にルーツのある子どもたちの現状や、日本語支援の課題を共有した。シンポジウムには、学校の先生方や行政関係者、日本語教育関係者などが大勢参加して下さった。心から感謝申し上げる。ここで一番の課題として挙がったのが、地域を横断する横の連携である。シンポジウムの報告書は、本学HPのアップロードしてある。お手すきの時にご確認頂けると幸いである。

岩間教授よりまとめとして

茨城県では、近年、高度外国人材の確保に注力している。これも大切な取り組みである。高度外国人材は、総じて社会的統合の程度が高い。そのため、本日紹介した研究とは無関係であると思われがちである。しかし、高度外国人材確保の観点からも、生育環境の改善は必須である。実際に、日本での子育ての難しさを理由に海外に転出した世帯を、私も複数知っている。とても残念である。
コロナ禍以降、外国人散在地域での在留外国人の増加が顕著である。しかし、住民や行政の多文化協働に対する意識は低いままである。ぜひ、産官学民が一体となってこの課題に取り組む連携体制を作っていきたい。
本日は、千葉県・茨城県教職課程連絡研究協議会で、このような研究発表の機会を頂戴したことを、御礼申し上げる。地域を横断する連携の核となるべきは、教職課程を有する我々のような大学であろう。この点において、私たちの責任は大きいと考える。ぜひ本日お越しの先生方からも、ご意見やアドバイスを頂戴したい。
 

質疑応答

Q.集住地域と散在地域の定義というか、どれくらいの割合をもってそういった風な呼び方があるのか

Q.基本的な質問ですが、集住地域と散在地域の定義はあるのでしょうか。外国人住民の割合などに基準がありましたら教えてください

A.正直申し上げて、定義はないです。研究者ごとに独自の定義をしています。国立社会保障人口問題研究所の方が書かれた論文では、詳細な計算方法は割愛しますが、全国の在留外国人のうち集住地域に暮らしている方は4.5%程度であると記されています。

Q.散在地域のことを可視化(弱者の可視化)と、ビジネスパートナーとしてのベトナムについて

Q.一点目は、弱者の可視化です。先生は弱者を可視化するとおっしゃっています。これは、現時点で弱者の声が社会に拾われていないということでしょうか。あるいは、拾われていても社会が何もしていないということなのでしょうか。
二点目は視点の相違です。先生は「ビジネスパートナーとしてのベトナム」とおっしゃっていましが、これは価値論的に言うと有用性の話だと考えます。弱者を支援するという切り口で研究をするのであれば、有用性とは異なる視点に立つべきではないでしょうか。もちろん岩間先生がそちらについて意識していることは、私も重々理解しております。 (本学 柳橋准教授)

A.1つ目の質問はすそ野が広いので、私の研究を例にお答えします。「フードデザート問題」については、弱者の声は十分に拾えていないです。そのため私は、問題を可視化(地図化)するとともに、問題の発生要因を定量的に分析している訳です。「外国にルーツのある子ども問題」も同様です。在留外国人の方々は多種多様です。全員が問題を抱えている訳ではなりません。日本語力や経済力などに問題を抱えた方々の間で、子育てを含めた様々な問題が生じていると思います。これについても、問題の可視化や要因分析を進めたいと考えています。

2つ目のビジネスパートナーの話ですが、もちろんビジネスパートナーと弱者という概念の間には、直接的な関りはありません。矛盾します。問題は、地域住民がアジア諸国から来た住民の存在あるいは価値を認知していない点にあります。そのため彼らは外国人住民に興味を持たず、多文化共生が進まない。そこで地元の子供たちに、「アジア諸国は将来のみんなのビジネスパートナーだよ。重要な国なのだよ」と説明した訳です。このように説明することで、子どもたちは外国から来た隣人に興味を持ち、交流するようになると考えています。

Q.外国にルーツのある子どもの数を拾っていくのは大変なことだと思うんですが、その部分も先生の研究対象に入ってくる可能性はありますか?

Q.私は冒頭の挨拶でも述べたように、千葉県出身です。先生の話を伺っているなかで、子どもの頃の経験を思い出しました。学校に、フィリピンで育った帰国子女の子がいました。その子が転校してきたとき、「あの子は日本語が得意ではないらしい」という噂が流れました。子どもとは残酷です。私も、鉛筆を見せて「これなんていうの?」と聞いたことがありました。その子がたどたどしい発音で「えんぴっちゅう」と答えたので、思わず嘲笑してしまいました。今では本当に後悔しています。先生のご研究には、帰国子女も含まれているのでしょうか? 調査対象を広げることは大変だと思いますが。(本学 / 東海林学長)

A.もちろん帰国子女も入っています。私自身、幼いころに自分とは異質の子どもを差別した経験があります。今は強く反省しています。
帰国子女の中にも、日本語支援な必要な子どもは大勢います。しかし、なかなか実態が把握できません。行政も十分には把握できてないというのが現状です。ここを明らかにするために、私はあちこちを駆けまわって調査を進めています。

Q.外国にルーツのある生徒および保護者に対して教育委員会やNPOが上手に手助けをしている例がありますか?

Q.外国にルーツのある生徒および保護者に対して教育委員会やNPOが上手に手助けをしている例がありましたら、紹介してください。(流通経済大学 / 井坂講師)

A.例えば、茨城県常総市は、全国的に見てもかなりの外国人集住地域です。そこにでは、教育委員会やNPO法人が上手に連携して、外国にルーツのある子ども支援を展開しています。私の知る範囲では、愛知県豊橋市も支援事例の好例です。

Q.養護教諭や保健室というのは、開かれた学校などと云われる前から地域に開かれていますが、幼稚園などに養護教諭を置くことができるのではないでしょうか?

Q.なぜ子どもは食べ過ぎてしまうのか、それは満足ができないからだと思います。子どもが歯を磨かないもの、面倒くさいからだと思います。これを親が指導することは難しい。ましてや親と子どもで得意とする言葉が違う場合、家庭のコミュニケーションはさらに難しくなります。ストレスにもなります。親が子どもにスマホを見せてしまう気持ちも、現場経験から理解できます。スマホを見せておけば子どもは機嫌が良くなるため、親のストレスは軽減されます。
私は茨城県南部の外国人集住地域で、子どもたちの支援を頑張ってきました。就学前期の子は言葉が少なく、感情をうまく表現することもできません。こうした難しさもあるように思います。 私は現在、養護教諭を養成しています。30年ほど前、すべての学校に養護教諭を配置することが決まりました。そのため、養護教諭の養成を頑張りました。いまでは、養護教諭の資格保有者が多すぎて、就職の倍率が高すぎるくらいです。しかしまだ、幼稚園には養護教諭が配置されていません。
養護教諭は、園児を救うだけではありません。養護教諭や保健室は、地域に開かれたスタッフであり部署です。いま「地域に開かれた学校」が大切といわれていますが、養護教諭や保健室はずいぶん前から地域に開かれていました。養護教諭が1人いることで、近所のお母さんたちからの情報が共有されたりします。大学も以前は養護教諭がいませんでしたが、いまは配置されています。大学に養護教諭を置くと学生が成長するという事例もあります。
すべての幼稚園に養護教諭が配置されるよう、これからも活動を続けたいと思っています。(本学 / 松永教授)

A.たとえは本学の附属幼稚園では、先生方が外国にルーツのある子どもたちを全力でケアしてくださっています。本当に感謝です。他の園も同様であると思います。それでも、言葉や文化の壁は大きいです。日本語が苦手なお母さんが、悩みごとを先生に伝えられないという話を、よく耳にします。養護教諭の先生が間に入ってくれれば、問題はかなり緩和されると思います。また、言葉の壁への対策も必要です。より良い支援体制について、私も考えていきたいと思います。

Q.外国にルーツのある子どもたちや外国籍の方に、将来設計との関係での教育のコツみたいなものがありますか?

Q.教職課程では、コアカリキュラムの特別な支援を必要とする児童に関する一般目標の中で、障害はないけれども教育的なニーズのある子どもとして、日本語の指導が必要な子ども(貧困も含まれる)を扱うことになっていています。私自身が特別支援を専門としており、授業でこの点を教えています。しかし、障害が専門ですので、日本語教育については、基本的な事項しか分かりません。そこで質問なのですが、外国にルーツのある子どもの中には、日本に定住予定の子もいれば、数年で帰国する子もいると思います。それぞれのケースでは、将来設計が異なると思います。こうした差を加味した教育方法について、コツがあったら教えてください。(本学 / 斎藤講師)

A.結論から言ってしまうと、私もよくわかりません。ただいずれのケースにおいても、子どもたちを日本人として育てるのではなく、母国の文化や言語、アイデンティティに対する理解を育ませたうえで、多文化共生の大切さを教えることが大切だと思います。