学校法人茨城キリスト教学園

キアラ館設計者である、建築家・白井晟一の作品展(第2部)が開催されています。

学園のシンボルである<サンタ・キアラ館>を設計した、白井晟一氏。氏が同じく設計した渋谷区の松濤美術館にて、開館40周年記念作品展「白井晟一入門」が2部構成で10月末より始まっています。今回は今年1月より開催中の、第2部「Back to 1981 建物公開」について、リポートいたします。

建築家 白井 晟一(1905~1983)

白井晟一 ポートレート


京都で生まれ、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)図案科を卒業後、ドイツで哲学を学ぶなど異色の経歴を持つ建築家です。滞欧期を経て帰国後、義兄の自邸の設計を手掛けたことを契機に独学で建築の道に進みました。その後、初期の木造の個人住宅・公共建築から、長崎の<親和銀行本店>、東京の<ノアビル>、そして当学園の<サンタ・キアラ館>など、多くの記憶に残る作品を残しました。経歴を含むユニークな建築スタイルから、「哲学の建築家」とも評されています。





展覧会概要

白井晟一入門
第1部/白井晟一クロニクル 2021年10月23日(土)~12月12日(日)【終了】
第2部/Back to 1981 建物公開 2022年1月4日(火)~1月30日(日)

本展は、初期から晩年までの白井建築や、その多彩な活動の全体像にふれる、いわば白井晟一の“入門編”となっています。

第1部では白井晟一の設計した展示室でオリジナル図面、建築模型、装丁デザイン画、書などを、白井晟一研究所のアーカイブを中心に展示し、その活動をたどっています。
第2部では、晩年の代表的建築のひとつである松濤美術館そのものに焦点を当てています。長年、展示向けに壁面等が設置されている展示室を、白井氏がイメージした当初の姿に近づけ公開する予定です。

美術館入口すぐには、<ノアビル>と<原爆堂計画>の1/50模型が設置されており、さっそく白井建築を体感することができます。


企画紹介(学芸員さんへのインタビューを通して)

“作品のない展示室“という大胆な構成で白井イズムを伝えようとしている本企画について、今回も松濤美術館の学芸員さんと会話をしながらご紹介していきます。

画面左より、学芸員の木原天彦さん、平泉千枝さん、新妻
新型コロナウイルス感染症対策より、オンラインでお話を伺いました。
お二人の画面のバーチャル背景に用いられているのは、今回の第2部開催に向けて、窓の覆いを外して竣工当時の姿に戻している最中の貴重な写真です。

新妻
「木原さん、平泉さん、お久しぶりです。この度はこのような状況下でありながら、オンラインでお話を聞かせていただきありがとうございます。第1部が始まってから“白井晟一展をきっかけにキアラ館に興味を持った”と学園に足を運んでくれる方がとても増えました。今回の第2部が開催されて始まって2週間が経ちましたが、反響のほどはいかがですか?」

平泉さん
「私たちの目で見る限り、かなり幅広い性別・年齢層の方々に来ていただけており、びっくりしています。今回、建物一本で勝負する企画だったので、正直、それこそ建築が好きな人しか来ないのかもしれない…と思っていた部分もありました。」

木原さん
「これまでの展覧会のように壁一面を埋める情報がない状態で(建築そのものを見せるために不要な衝立・壁自体を取り払ってしまっています)、第1部と同じ入館料1,000円の価値を感じていただけるか不安でしたが、杞憂でしたね。

平泉さん
「思い思いに建物を見て・感じていただきたいという想いから、こちらから発信する情報は必要最低限、歩き方の動線もつくっておりません。また、見て・感じたことを発信することさえも制限したくありませんでしたので、建物の撮影を原則許可したことが正解でした。理由は、十人十色の観点で撮られ・書かれた松濤美術館を観て下さった方のSNS越しに拝見させていただき、前回のインタビューでも大切にしたかったテーマとしてお話したように継承されていく様を間近に体感できたからです。

木原さん
「人によって、見る場所も、周り方も何もかも違うのですが、普段私たちが館内案内の際に説明しているような“白井のこだわり”は、建物と改めて向き合う機会ができれば自ずと感じ取ってくれるものなのだとわかり、驚きました。つい先日、SNS上の感想で、“地下に降りていくとき、まるでお城の地下室に降りているような感覚がした”という内容がありました。実際に階段に使われている照明は、地下1階と地下2階のあいだは、白井が建設当初に意図した暗さに絞っております。」

平泉さん
「過度に説明しなくても、五感で白井の意図を体感できるんだという、空間そのもののポテンシャルを強く感じました。

新妻
「ありがとうございます。スタッフの皆さんのご尽力のもと、白井が当初イメージした空間が体験できるまたとない機会ということで、皆様思い思いに楽しまれている様子が伝わりました。併せて、この建築を生かし・活かす展示や運営がどれほど大変かということも想像できるのではないでしょうか。さて、今回の企画名は“Back to 1981”ということで、観る人に回顧していただきたい開館年である“1981年”はどのような時代だったのでしょうか?」

平泉さん
「この時代の日本人にとって、美術館で観る美術品は、緊張しながら観る…というような、大変格式高いものでした。しかし、白井と渋谷区の人々はもっとリラックスして、個々の感情に身を任せて鑑賞してこそ真の価値が伝わると思っていたようです。この美術館は、そんな白井の想いをもとに、その頃には珍しかった“区立”の美術館なのだからと、渋谷区民を中心とした人々に本当に価値のある空間になるよう思考され、渋谷区と共に汗をかきながら創り上げた空間です。肩肘を張らずに美術に触れ合ってもらうことで、豊かな心を持った人で溢れた魅力ある渋谷区にしたかったのです。質問の答えを端的に言うのならば、特にこの時の渋谷区、そして営繕課は“皆で良いものを創ろう”という気概がありました。そんな時代の中で創られたこの建物の“意志”を感じてもらえれば幸いです。」

木原さん
「いわば、松濤美術館と、松濤美術館を通じた人々との関わり方などの原点に立ち返る企画です。私たち学芸員にとっても、本展は今一度松濤美術館の“ありたい姿”について見つめなおす良い機会になっています。」

新妻
「ありがとうございました。渋谷区と白井晟一の素敵な関係性も見えてきて、ますます興味がわきました。ここで、今回の展示の中でもお勧めのセクションがございましたらご紹介いただけますでしょうか?」

平泉さん・木原さん
「それでは私たちからは4か所、松濤美術館の見どころについてご紹介させていただきます。」

※第2部の様子については、松濤美術館から写真を提供いただきました。



① 地下1階・第1展示室(主陳列室)

天井高6.4m、地下1階~1階の2階層分を使用した、開放感のあるスペース。通常は美術作品の展示・保存に適さないとされる直射日光を防ぐパネルが設置されていますが、今回そのパネルが撤去されたことで、竣工当初は大きな窓が中庭と池の開口部に接している構造であることが分かります。この造りのおかげで、展示室には自然光が注がれ、キラキラと光る噴水が天井・床に映り込んでいます。 

★パネルを取り外している様子 撮影:上野則宏
通常の展覧会では、窓がパネルで覆われており、噴水や池は一切目に入りません。
  木原さん
「本来の開放的な構造に戻したことで、対角線上や階層別に池や噴水・展示を見ている人の動きが見えるのが新鮮です。白井は単なる美術を鑑賞する箱ではなく、中心に人が集まる(交流を生む)建物を造りたかったのだと思います。


② ブリッジ

美術館の中心部には、全4階層を貫く吹き抜けがあり、ここにブリッジが架かっています。当初はエントランスを抜けるとすぐにブリッジを渡って展示室に入る計画でした。しかし、動線の問題からこの計画は変更されました。ブリッジの先は通常閉鎖されていますが、今回は当初案をなぞって、そのままお進みいただくことができます。
吹き抜けから楕円に見える青空が素敵です。

  平泉さん
美術に触れたら外に出る、建物の“内”にいながら“外”にも接するという不思議な感覚を味わうことができます。極端な話、この吹き抜けの空間が無ければ相当数の作品を展示できると思うのですが、人間が生きていくうえで必要な時間や空間を大切にしていたからこその設計なのではないかと推察しています。」


③ 2階・第2展示室

先ほど紹介した第1展示室とほぼ同じスペースを使用しながらも、あえて部屋を2室に分け、各部屋の天井高も第1展示室の半分ほどなので、親密さを感じる空間となっています。高級素材の壁やソファ、さらには美術品の展示には不要な柱や梁も設けられており、まるで邸宅の居間のような雰囲気を醸し出しています。
  木原さん
「緊張せずに、柔軟な心持ちで美術に触れあってもらうために、このような構造にしたのだと思います。白井と渋谷区が必死に模索して出した“新しい美術の形”がこの展示室に体現されていると思います。


④ 地下2階・茶室

最後にご紹介するのは開館以来<初公開>となる茶室です。水屋を備え、炉が切ってあるなど、本格的な茶室としても利用できるのですが、通常は職員の控室になっています。
  平泉さん
「白井は開館2年後に逝去するまで、この茶室によく足を運んではくつろいでいたそうです。白井建築の中には茶室のある個人宅も多く存在しますが、当然一般人が気軽に立ち入ってみることはできません。極めて珍しい“誰でも見ることができる茶室”、会期中にぜひご覧ください。」



今回お見せしている本来の松濤美術館の空間はその清廉で重厚感のある雰囲気で、まるで【聖堂】のようです。最後に、学芸員のお二人からは、「本来の松濤美術館の聖堂のような雰囲気は会期が終われば見れなくなってしまうので、白井の息遣いがいつでも残っている<キアラ館>を、真の聖堂として今後も大切に守り、活用していってください」とお言葉をいただきました。木原さん、平泉さん、ありがとうございました。

ぜひ白井建築に五感で触れることができるこの機会に足を運んでみてください。