この研究は,東京・京阪神・名古屋大都市圏に立地する全百貨店(197店)を対象に,これまでの百貨店の店舗戦略の分析と,今後の展望を論じたものです.具体的には,店舗の立地位置と店舗の特性(取扱商品の構成と中心上代,顧客の年齢構成,併設サービス施設)を,多変量解析を援用しつつ分析することで,店舗の立地とMD(マーチャンダイジング)の関係を調べました.主な分析には,1998年時点のデータを用いました.
分析の結果,1998年現在における店舗の立地位置と店舗特性の間には,明瞭な相関関係が確認されました.店舗の特性は,「都心からの距離35km圏」,および「昼夜間人口比400%(1kmメッシュ)」,という2つの指標によって把握することができます.昼夜間人口400%以上の都市部では,高級衣料品や服飾品といった,買回り品に卓越した店舗群の集積が確認されました.一方,400%以下の地域の店舗は,2種類に大別されます.都心からの距離35圏内では最寄・買回品が比較的均等に扱われ,かつ行政出張所や映画館などの小売以外の機能も備えたショッピングセンター型の店舗が卓越します.36km以遠では,食料品や日用雑貨などの最寄品の比重が高く,商品構成もスーパーマーケットに類似する店舗が多くみられます.買回り品の場合,消費者の嗜好は立地位置に応じて大きく変化します.上で示した店舗の位置とMDの関係は,地域によって異なる消費者の特性を端的に表している指標といえるでしょう.
百貨店はわが国では最も古い近代小売業態です.1904年の三越百貨店に端を発します.その長い歴史の中で,百貨店の立地やMDは大きく変化してきました.現在私達が目にする百貨店は,歴史の一断面に過ぎません.
高度経済成長期以前,百貨店はすべて都心および県庁所在都市に立地し,高級買回り品に特化したMDを展開していました.現在では性格が大きく異なる日本橋三越と東京大丸,新宿伊勢丹が,1960年には極めて類似する商品構成をとっていたことには驚かされます.当時の百貨店は,小売施設というよりは,むしろ西欧的なライフスタイルを顧客に提供する「文化施設」でした.百貨店が多様化し,業態としての個性を失っていったのは,店舗の郊外化が急速にすすんだ1960年代以降です.60年代以降における百貨店の変化は,各種資料からも明確に読み取ることができます.百貨店の総売場面積は,1998年前後にピークを迎えます.この時期には,上記に示したように店舗の多様化が進み,もはや一つの業態としてのカテゴリー分けが困難となっていました.
今日,百貨店の閉鎖が注目されています.業態そのものの終焉を示唆する報告も少なくありません.しかし,閉鎖店舗を詳細に分析すると,百貨店が押しなべて経営悪化しているわけではないことに気付きます.閉鎖店舗のはすべて,1)1970年代以降に郊外に出店された,最寄性の強い店舗群,ないしは2)昼夜間人口と都心からの距離で説明される店舗特性の規則性に反する店舗,でした.店舗の立地位置とMDの間に齟齬が生じていたり,人口の郊外化や大店法の規制強化といった当時の社会・経済環境の中で,無理に出店された店舗が,今日潰れています.その一方,都心の老舗店は比較的健在でした.
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