研究テーマ


1)フードデザート問題
  近年欧米諸国では,フードデザート(food deserts )が問題視されています.フードデザートとは,生鮮食料品を購入することが困難なinner-cityの一部エリアを意味します(Whitehead, 1998).スーパーストアの郊外進出が顕在化したイギリスでは,1970-90年代半ばに,inner-city / suburban estateに立地する中小食料品店やショッピングセンターの倒産が相次ぎました(Guy, 1996).その結果,郊外のスーパーストアに通えないダウンタウンの貧困層は,都心に残存する,値段が高く,かつ野菜やフルーツなどの生鮮品の品揃えが極端に悪い雑貨店での買い物を強いられています.彼らの貧しい食糧事情が,ガンなどの疾患の発生率増加の主要因であると指摘する研究報告多数見られます(Davey Smith, D and Brunner, E, 1997).フードデザートは,社会的排除(Social exclusion)議論も含めて,大きな社会問題となっています.
  現在、大都市中心部やベッドタウン、地方都市、農山村地域、被災地などで調査を進めています.

2)百貨店の立地展開と都市構造
  この研究は,東京・京阪神・名古屋大都市圏に立地する全百貨店(197店)を対象に,これまでの百貨店の店舗戦略の分析と,今後の展望を論じたものです.具体的には,店舗の立地位置と店舗の特性(取扱商品の構成と中心上代,顧客の年齢構成,併設サービス施設)を,多変量解析を援用しつつ分析することで,店舗の立地とMD(マーチャンダイジング)の関係を調べました.主な分析には,1998年時点のデータを用いました.
  分析の結果,1998年現在における店舗の立地位置と店舗特性の間には,明瞭な相関関係が確認されました.店舗の特性は,「都心からの距離35km圏」,および「昼夜間人口比400%(1kmメッシュ)」,という2つの指標によって把握することができます.昼夜間人口400%以上の都市部では,高級衣料品や服飾品といった,買回り品に卓越した店舗群の集積が確認されました.一方,400%以下の地域の店舗は,2種類に大別されます.都心からの距離35圏内では最寄・買回品が比較的均等に扱われ,かつ行政出張所や映画館などの小売以外の機能も備えたショッピングセンター型の店舗が卓越します.36km以遠では,食料品や日用雑貨などの最寄品の比重が高く,商品構成もスーパーマーケットに類似する店舗が多くみられます.買回り品の場合,消費者の嗜好は立地位置に応じて大きく変化します.上で示した店舗の位置とMDの関係は,地域によって異なる消費者の特性を端的に表している指標といえるでしょう.
  百貨店はわが国では最も古い近代小売業態です.1904年の三越百貨店に端を発します.その長い歴史の中で,百貨店の立地やMDは大きく変化してきました.現在私達が目にする百貨店は,歴史の一断面に過ぎません.
  高度経済成長期以前,百貨店はすべて都心および県庁所在都市に立地し,高級買回り品に特化したMDを展開していました.現在では性格が大きく異なる日本橋三越と東京大丸,新宿伊勢丹が,1960年には極めて類似する商品構成をとっていたことには驚かされます.当時の百貨店は,小売施設というよりは,むしろ西欧的なライフスタイルを顧客に提供する「文化施設」でした.百貨店が多様化し,業態としての個性を失っていったのは,店舗の郊外化が急速にすすんだ1960年代以降です.60年代以降における百貨店の変化は,各種資料からも明確に読み取ることができます.百貨店の総売場面積は,1998年前後にピークを迎えます.この時期には,上記に示したように店舗の多様化が進み,もはや一つの業態としてのカテゴリー分けが困難となっていました.
  今日,百貨店の閉鎖が注目されています.業態そのものの終焉を示唆する報告も少なくありません.しかし,閉鎖店舗を詳細に分析すると,百貨店が押しなべて経営悪化しているわけではないことに気付きます.閉鎖店舗のはすべて,1)1970年代以降に郊外に出店された,最寄性の強い店舗群,ないしは2)昼夜間人口と都心からの距離で説明される店舗特性の規則性に反する店舗,でした.店舗の立地位置とMDの間に齟齬が生じていたり,人口の郊外化や大店法の規制強化といった当時の社会・経済環境の中で,無理に出店された店舗が,今日潰れています.その一方,都心の老舗店は比較的健在でした.

3)中心市街地の活性化
この研究は,積極的なコミュニティ活動を展開している事例地域を対象に,地域コミュニティの活動および存立基盤を分析するものです.これまでに,日立製作所住宅団地の新造によって混住化が進んだ,茨城県ひたちなか市津田地区や,都心部の空洞化の著しい茨城県水戸市三の丸地区,歴史ある商業地であったが現在は衰退の進む茨城県常陸太田市などを事例に,研究を進めてきました.活発なコミュニティを維持するには,各地域に共通の要素がいくつか存在します.今後は事例地域を海外に広げたいと考えています.

4)外資系ブランドの日本市場進出
近年,ウォルマートやカルフールに代表される外資系小売企業 (retail TNCs) のアジア市場参入が注目を集めています.日本ではまだ本格化していませんが,アジア全体で見た場合,retail TNCsはかなり広く浸透しているといえるでしょう.
  現在,Neil Wrigley教授を中心とする,「外資系小売企業のアジア市場参入がホスト国にも垂らすインパクト」の研究プロジェクトに参加しています.私の現在の担当は日本です.具体的には,イギリス資本のファッションブランド「Paul Smith」の日本市場参入を調査しています.
  日本人は大のブランド好きです.ブランドブームの火付け役は,欧米のブランド企業ではなく,実は日本の総合商や百貨店,および国内のアパレルメーカーです.有名ブランドは,日本企業主導の下で国内市場に参入・成長したといえます.私が調べているPaul Smithも,国内企業とライセンス契約を結び,国内での生産・流通・販売を日本企業に完全委託することで急成長しました.
  1990年代後半は,ブランドビジネスの転換期でした.バブルの頃,ブランド企業は押しなべて盛況でした.ところがバブル崩壊以降,景気の冷え込みとともに,多くのブランド企業が撤退・倒産を余儀なくされています.その一方で,ルイヴィトンやPaul Smithといった一握りのブランドは,今でも売上を伸ばしています.勝ち組企業の成功要因は多岐に渡りますが,マネージメントの転換も重要なファクターです.90年代後半以降,Paul Smithをはじめとした勝ち組ブランドの多くが,日本とのライセンス契約を変更し,日本企業依存型から自社経営型へと経営戦略を変えてきています.契約を打ち切られた日本企業も多数存在します.
研究報告の第一弾として,2005年秋の国際地理学会(IGU)や2006年秋の日本地理学会で経過報告をしました.また,イギリスの国際誌International Journal of Retail and Distribution Managementへの論文掲載も決定しています.