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「小さい子どものころに読んだ物語」や「子ども向けテレビ番組」というのは、だいたい単純なストーリーでした。 「悪いやつら」がいて、正義のヒーローが登場して、「悪いやつら」をやっつける・・・。
「桃太郎」しかり・・・。「仮面ライダー」しかり・・・。「タイガーマスク」しかり・・・。
桃太郎は、鬼たちを「せいばい」し、仮面ライダーは「ショッカー」をやっつけ、「タイガーマスク」こと「伊達なおと」は「虎の穴」が次々にくりだす「反則ばかりする汚いレスラー」たちをなぎ倒していきました。
そんな子ども時代、テレビドラマを見ながら、あなたも言ったことでしょう。
「ねえ、おかあさん・・・。この人、悪い人なの? いい人なの?」と・・・。
「善悪」がはっきりした、そういった物語は、子どもたちにとって「善悪」ついて学ぶために意味がありました。
でも、子どもから大人へと、「大人の階段」をのぼるとき、私たちは「現実は、そんな『善か悪か・・・』『敵か味方か・・・』『白か黒か・・・』『いい人か、悪い人か・・・』とはっきり分けられるものではない・・・」ということに、少しずつ気づいていきます。
「そうか~。いい人、悪い人って、単純に分けられるものではないんだな~・・・」
「どの人のなかにも、いい人の部分と、悪い人の部分があるのか~・・・」
「敵と味方・・・というように二つに分けていたけれど、実際は、そうではないんだ ・・・」
「もちろん、〈相性〉というものがあるから、すぐに分かりあえる人と、分かりあうためには、ものすごく距離がある人とがいる。でも、距離の遠い人のことを、バッサリ『敵』というようにしてしまってはいけない。」
「距離の遠い、分かりあうために時間がかかる人たちに対しても、バッサリ切らない、分かりあえるように、ゆっくりと距離を縮めていくのが大切なんだな~・・・」
「それから『味方』ということも、小学生の頃までは、『いつも一緒』『なんでも一緒』『トイレに行くのも一緒』・・・なんて思ってたけれど、やっぱり、一人ひとりはみんな違う・・・。『なにもかも一緒』『なにもかも分かり合える』なんていうのは、どんなに仲がよくても、ありえないんだな~・・・」
そんなふうに感じられるようになるのが「大人の階段をのぼる」「大人の心を持つ・・・」ということなのですね。
そして、その「大人の階段」をのぼっていった先が、今日の聖書の言葉、イエス・キリストが語った言葉の境地なのだと思います。
「敵を愛していく。自分を迫害する者のために祈っていく」
そして「善と悪の区別を踏まえながらも、神さまは、善人、悪人といった、単純な、ステレオタイプな区分けを超えて、すべての人に対し、太陽をのぼらせ、雨を降らせてくださっている・・・」
「つまり、すべての人を大切な人として、関係を保ってくださっている・・・」
さあ、あなたは、どのレベルにいますか? まだまだ「良い人、悪い人」「敵か味方か」・・・といった発想をしがちです。
そう思った人・・・。正直な人です。人間はみんなそこからスタートします。
でも、どんどん「大人の心」を養って、一段一段「大人の階段」をのぼって、どんな人のことも大切にできる「イエスが語った愛の世界」を自分のまわりに少しでも広げていきたいものですね。
※ 日本聖書協会『聖書 新共同訳』 より引用
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